2016年06月28日

「J-Jazz Age〜邦人ジャズの時代」プログラム・ノートその2

Long Yellow Road〜黄色い長い道(穐吉敏子)
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作品のインスピレーション:穐吉敏子
The most important developmental years in anyone's life, I think, between 16 and 25. That is the time that your character is built, when what you are as a human being is defined.
My whole life was jazz during those years, I really became an adult through jazz music. To me, jazz is mine. I can't pretend that it's someone else's music, or that I just play it because I love it - I can't separate myself from it at all.
And yet, I realize that it is purely American music, and since I am Japanese, what is my position in the jazz world?
I've heard a lot of black musicians say that white musicians took their music and profited from it, leaving them with nothing...I feel I'm involved in that, too. Am I invader, too? Am I taking from jazz and giving nothing back?
The only way I am able to resolve this dilemma is to give what I am back to jazz by composing. If I have developed my music to the point where a listener can sense my attitudes - that is, my history as it reflects Japan and as it reflects what I've learned of America in the past 20 years - if the listener can hear my history and my individuality, then I have accomplished the solution.
- Toshiko Akiyoshi

「誰にとっても人生で最も大事な成長期というのは、16歳から25歳の時で、そのあいだに、性格が確立されてきて、ひとりの人間として何者なのかが決まってくると、私は思います。
こういった成長期に、私は全ての生活をジャズに捧げて、ジャズという音楽を通して、私は大人になったのですね。つまり、私にとって、ジャズとはすなわち私自身なんです。ジャズは、他の誰のものでもなくて、ただ単に好きだから演奏しているといったものでもないのですよ。自分自身とは切っても切れないものなんですね。
だけれど、ジャズというのは、純粋にアメリカ音楽であることも理解していて、私はやはり日本人なので、ジャズの世界で、自分自身の立ち位置というのは、どこにあるのかと疑問に思うわけです。
いままで、多くの黒人の音楽家たちが、こういうのを聞いてきました。曰く「白人たちは、僕らの音楽を奪って、それで大儲けしているんだ、音楽には何の貢献もしていないのに。」と。私もそういったことに加担しているのかしら、あるいは盗るだけ盗って、何も返さない侵略者にすぎないのではないのか、と考えたりするのですね。
この板挟み(ディレンマ)を解くことができる唯一の方法というのは、作曲することによってジャズにお返しをしていくことなんです。つまり、私の姿勢、すなわち音楽の中に反映されているであろう日本での生活や、過去20年に渡って学んで来たアメリカを、感じ取ってもらえるような音楽を創り上げることができて、私の経験や個性といったものを人々に聴き取ってもらえたとしたら、(この問題を)克服することになるのではないかな。」
(拙訳:渡邉晋)
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2016年06月27日

「J-Jazz Age〜邦人ジャズの時代」プログラム・ノートその1

TBAO2016では、「J-Jazz Age〜邦人ジャズの時代」と題しまして、ジャズ・オーケストラの持つ幅広い表現力を最大限に活かしたTBAOオリジナル・ジャズ・アレンジに加えて、日本を代表する作編曲家の穐吉敏子、内堀勝、佐藤允彦各氏による作品の演奏を行います。

「J-Jazz Age〜邦人ジャズの時代」プログラム(予定)
After Mr. Teng (穐吉敏子、穐吉敏子=ルー・タバキンビッグバンド)
Long Yellow Road (穐吉敏子、穐吉敏子=ルー・タバキンビッグバンド)
In A Sentimental Mood (Duke Ellington/内堀勝、高橋達也と東京ユニオン)
Well, You Needn't (Thelonious Monk/内堀勝、高橋達也と東京ユニオン)
Ame-Jogashima (梁田貞/佐藤允彦、Jazz In Classroom Vol. 12, Berklee Press, Herb Pomeroy)
Orbit 8:11 (佐藤允彦、原信夫とシャープス・アンド・フラッツ)


穐吉敏子(1929〜、ピアノ、作編曲、バンド・リーダー)
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満洲 (現、中国東北部) 遼陽に日本人の両親の元に生まれた。敗戦後に大分県に引き揚げ、別府の駐留軍キャンプ「つるみダンスホール」でジャズピアニストとして演奏を開始。1948年夏に上京して、1952年コージー・カルテットを結成。1953年に来日したオスカー・ピーターソンの勧めでレコード『トシコ』を録音。1954年7月、伊勢佐木町のクラブ「モカンボ」で、守安祥太郎を中心に行われた伝説的なジャム・セッションに参加。
1956年、26歳で単身渡米して、日本人として初めてバークリー音楽院(Berklee College of Music、現バークリー音楽大学)で奨学生として学ぶ。1962年チャールズ・ミンガスのバンドに参加。1963年最初の夫チャーリー・マリアーノとの間に娘のマンディ満ちるをもうける。1965年離婚。
1967年現在の夫でありフルート、テナーサックス奏者のルー・タバキンと出会い、1969年結婚。1973年ロサンゼルスで穐吉敏子=ルー・タバキンビッグバンドを結成し、1974年ジャズと日本古来の和楽を融合した『孤軍』を発表。1982年にはニューヨークへ戻り、1983年に穐吉敏子ジャズオーケストラ フィーチャリング ルー・タバキンを結成、自らの作編曲で通算30年にわたって活動を続け世界的に名声を得る。アメリカのジャズ専門誌ダウンビートでは秋吉とルーのビッグバンドは批評家投票で1979年から5年連続、読者投票では1978年から5年連続で共に1位を獲得。
(ウィキペディアより)

内堀勝(トロンボーン、作編曲、バンド・リーダー)
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東京都出身。兄の影響で小学生頃からジャズレコード聞き、高校でブラスバンド部に入りトロンボーンを始める。高校3年生時よりキャバレーでの演奏等プロ活動開始。大学では吹奏楽部とビッグバンドに所属。またジャズ理論を渡辺貞夫氏に習い、同時に渡辺貞夫リハーサル・オーケストラに参加。卒業後トロンボーン奏者兼アレンジャーとして「高橋達也と東京ユニオン」、「スマイリー小原とスカイライナーズ」、「自己のオクテット」等で活躍。1974〜76年、奨学金を得てボストンのBerklee College of Musicに留学。Herb Pomeroy, Mike Gibbs, Ray Copland氏等に作編曲を、Boston Symphony OrchestraのJohn Coffey氏にトロンボーンを習う。
帰国後はフリー・アレンジャーとして、ジャズ・ポップスだけでなく、歌謡曲やテレビのCF、クイズ番組の音楽まで幅広く活躍する一方、12名からなる中型ビッグバンドを率いて毎月ピットインに出演。
1995年17名編成のリハーサル・ビッグ・バンド「MASARU UCHIBORI BIG BAND」を結成。2004年CD「WAYNE」を発表。2007年、メンバーを若手中心に一新し、コンサート、ライブと積極的に活動。2010年CD「A Dedication To Jazz GIANTS」を発表。
(内堀勝ホームページより)


佐藤允彦(1941〜、ピアノ、作編曲)
Masahiko Satoh.jpg
東京生まれ。慶応義塾大学卒業後、1966年から1968年にかけて米国バークリー音楽院に留学、作編曲を学ぶ。
帰国後、1969年に初のリーダー・アルバム『パラジウム』でスイングジャーナル誌「日本ジャズ賞」受賞。ビッグ・バンドのための作品『四つのジャズコンポジション』(1970年)、『邪馬台賦』(1972年) で二度の芸術祭優秀賞を受賞。数多くのリーダー・アルバムを発表し、スティーヴ・ガッド(Ds)、エディ・ゴメス(B) のトリオでレコーディングした『アモーフィズム』の全米発売や、“セレクト・ライブ・アンダー・ザ・スカイ '90”で誕生した『ランドゥーガ』(スイングジャーナル誌「日本ジャズ賞」受賞) のフランスでのリリースなど、国際的に高い評価を得る。
作編曲家として、ナンシー・ウイルソン、アート・ファーマー、ヘレン・メリル、中川昌三、伊藤君子をはじめとする様々なアーティストのレコーディングに参加。『オーケストラと三人のインプロヴァイザーのための「乱紋」』(1986年)、『WAVE IIIとオーケストラのためのコンチェルト』(1988年) などの実験的作品、「万国博覧会〜地方自治体館」(1970年)、「花と緑の博覧会〜JT館」(1990年) などパビリオン音楽、リチャード・デューセンバーグIII世名義でのベルエア・ストリングス・シリーズなどを発表。1997年には自己のプロデュース・レーベル〈BAJ Records〉を創設。ピアノ・ソロ・シリーズやバッハをモティーフにした佐藤允彦トリオ『巴翁戯楽』を発売。音楽を担当したテレビ番組、映画、CM多数。
1981年よりミュージックカレッジ・メーザーハウスの音楽理論、作編曲、ピアノ部門主幹講師。1993年「ジャンル、技量にかかわらず、誰でも参加できる即興演奏」を目指すワークショップ【Randooga】を開始、フリー・インプロヴィゼイションへの簡潔なアプローチ法を提唱。
(佐藤允彦ウェッブページより)


7月9日(土曜日)横浜市吉野町市民プラザホール
午後6時30分開場、午後7時開演
東京ブラスアートオーケストラ横浜公演予約フォーム

7月10日(日曜日)西新宿関交協ハーモニックホール
午後2時30分開場、午後3時開演
東京ブラスアートオーケストラ東京公演予約フォーム

一般予約3,500円、当日4,500円
学生予約2,500円、当日3,500円
(税込、全席自由席、中学生以上有料、小学生以下無料)
posted by TBAO at 13:19| Comment(0) | TBAO コンサート情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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